1.民俗学はどこへ向かったのか
第5回では、物語研究と構造主義の導入によって、日本民俗学が理論的深化を遂げた過程を概観した。本稿では、戦後日本における民俗学の対象拡張、とりわけ「都市民俗」の成立と展開に焦点を当てる。
民俗学は長らく「農村の伝統文化」を対象としてきた。だが高度経済成長期を経て、日本社会は急速に都市化する。伝統的農村共同体は縮小し、人びとの生活様式は一変した。
この変化は、民俗学に根本的な問いを突きつける。
民俗とは、農村にのみ存在するものなのか。
都市に民俗はあるのか。
この問いに応えようとしたのが、戦後民俗学である。
2.戦後社会と民俗学の再出発
第二次世界大戦後、日本社会は民主化と復興の過程を歩む。学問の世界でも、戦前の国家主義的枠組みへの反省が進む。
柳田國男 は戦後も活動を続けたが、民俗学は次世代へと移行する。
戦後民俗学の特徴は次の三点である。
- 学問の制度化(大学研究室の設置)
- 社会科学との連携
- 対象の拡張
民俗学は、文化人類学・社会学・歴史学との学際的対話を深めていく。
3.都市民俗の誕生
■ 都市にも「民俗」はある
高度経済成長期(1950年代後半~1970年代)に、日本は急速に都市化した。農村から都市への人口移動が進み、地域共同体は解体される。
しかし都市にも、
- 町内会の祭礼
- 商店街の年中行事
- 受験儀礼
- サラリーマン文化
- 学生文化
といった固有の慣習が存在する。
これらを研究対象とする分野が「都市民俗学」である。
4.都市祭礼と再編される伝統
都市では、伝統的祭礼が再編成される。
たとえば東京の神田祭や大阪の天神祭は、近代都市空間の中で再構築された祭礼である。これらは観光資源としても機能し、地域アイデンティティを形成する。
都市祭礼は、伝統の継承であると同時に、現代社会に適応した再創造でもある。
民俗は固定された過去の遺物ではなく、動的な文化実践であることが明らかになる。
5.民俗とメディア
戦後の特徴的現象は、大衆メディアの発達である。
テレビ、ラジオ、漫画、映画は、新たな「語り」を生み出す。民俗的モチーフはメディアを通じて再生産される。
例えば、怪談や都市伝説はテレビ番組やインターネットを通じて広がる。
口承中心だった民俗は、メディア民俗へと拡張する。
6.都市伝説という新しい民俗
都市伝説は、現代社会の不安や願望を反映する物語である。
- 消えるヒッチハイカー
- 口裂け女
- テケテケ
といった話は、地域社会を超えて広がる。
これらは現代版の怪異譚であり、社会の集合的心理を映す鏡である。
都市伝説研究は、心理学やメディア研究とも接続する。
7.日常生活の民俗学
都市民俗学は、日常生活の微細な慣習にも注目する。
- 通勤ラッシュの行動様式
- コンビニ利用習慣
- 年賀状文化
- バレンタインデーのチョコレート習慣
これらも民俗とみなされる。
重要なのは、民俗を「古いもの」と限定しないことである。
8.民俗と社会変動
戦後民俗学は、社会変動との関係を重視する。
農村から都市へ
対面社会から匿名社会へ
血縁共同体から選択的コミュニティへ
こうした変化の中で、人びとは新たな連帯の形を模索する。
祭礼やイベントは、都市における共同性の再構築装置として機能する。
9.文化財保護と民俗学
戦後、日本では無形文化財制度が整備された。
民俗芸能や伝統工芸は保護対象となり、「保存」と「観光化」という二重の文脈に置かれる。
ここで民俗学は政策と結びつく。
保存は必要だが、固定化は文化の自然な変化を阻害する可能性もある。この緊張関係は現在も続いている。
10.都市民俗研究の理論的課題
都市民俗学にはいくつかの理論的課題がある。
- 伝統の定義
- 共同体概念の再検討
- グローバル化との関係
- デジタル空間の民俗
とくにインターネットは、新たな民俗空間を形成している。
ミーム文化やオンライン儼礼は、現代版民俗といえる。
11.戦後民俗学の意義
戦後民俗学は、対象を農村から都市へ、過去から現在へと拡張した。
それは民俗学を「消えゆく伝統の学問」から、「現代文化を分析する学問」へと変貌させた。
民俗学は静的な保存学ではなく、動態的な社会分析へと進化したのである。
12.まとめ ― 民俗はどこにでもある
民俗は特定の場所に閉じ込められたものではない。
都市の交差点にも、商業施設にも、インターネット空間にも存在する。
戦後民俗学は、この視野の拡張をもたらした。
次回は、民俗学と他分野(歴史学・社会学・文化人類学・メディア研究など)との学際的連関を詳しく検討し、民俗学が現代学問体系の中でどのような位置を占めているのかを明らかにする。
