1.日本民俗学はどのように生まれたか
欧州民俗学が理論主導で形成されたのに対し、日本民俗学は実地調査と資料収集を基盤に発展した。その中心にいたのが、近代日本を代表する知識人、柳田國男 である。
日本民俗学は単なる伝承研究ではない。それは、近代国家形成の中で失われつつあった農村文化を記録し、「日本人とは何か」という問いに応えようとする思想的営為であった。
本稿では、日本民俗学の成立背景、柳田の学問構想、主要著作、学派形成、そして理論的意義を体系的に整理する。
2.近代国家と「民俗」の発見
明治維新以降、日本は急速な近代化を進めた。中央集権的国家体制の構築、教育制度の整備、産業化、都市化が進む一方で、農村社会は急速に変容していった。
この変化の中で、「地方に残る古い習俗や伝承」が消えゆくものとして意識され始める。郷土研究や地方史研究が活発化し、各地で伝承収集が行われた。
この流れの中で登場したのが柳田である。
3.柳田國男の思想と問題意識
■ 官僚から民俗学者へ
柳田は農商務省官僚として全国を巡り、地方農村の実情を調査した。その経験が後の民俗学研究の基礎となる。
彼の問題意識は明確であった。
日本の歴史は、為政者の歴史ばかりが語られている。
しかし、本当に日本を形づくってきたのは名もなき民衆ではないか。
この視点から彼は「常民」という概念を提唱する。
■ 「常民」とは何か
常民とは、特別な身分や権力を持たない、日常を生きる普通の人々を指す。柳田は、歴史の主体を政治家や武士ではなく、農村に暮らす人びとに求めた。
この発想は、日本史学に対する根本的な転換を意味していた。
常民の生活、信仰、労働、家族制度、祭礼などを通じて、日本人の精神史を描こうとしたのである。
4.『遠野物語』 ― 日本民俗学の出発点
1910年刊行の『遠野物語』は、日本民俗学の記念碑的著作である。岩手県遠野地方の伝承を記録したこの書は、怪異譚や山人伝説、河童伝承などを収めている。
『遠野物語』の革新性は三点にある。
- 口承伝承をそのまま記録した点
- 語り手の存在を明示した点
- 文学的完成度の高さ
この書によって、「民間伝承」が学問的対象として確立された。
柳田は怪異を単なる迷信とは見なさず、そこに生活世界の論理を読み取ろうとした。
5.一国民俗学という構想
柳田の学問構想は「一国民俗学」と呼ばれる。
これは、日本という一つの国の中に共通する文化的基層を明らかにしようとする試みである。全国的な調査網を構築し、各地の伝承を集積し、比較することで、日本文化の全体像を描こうとした。
彼の代表的著作には、
- 『後狩詞記』
- 『石神問答』
- 『海上の道』
などがある。
とくに『海上の道』では、日本文化の起源を南方海上交通に求める大胆な仮説を提示した。
6.柳田学派の形成
柳田のもとには多くの研究者が集まり、民俗学の体系化が進む。民俗学研究所が設立され、雑誌『民間伝承』が刊行されるなど、学問制度としての基盤が整備された。
戦前・戦後を通じて、民俗学は大学制度に組み込まれ、学派が形成される。
この過程で、柳田の方法は「資料主義」とも呼ばれた。徹底した聞き取りと記録、分類と比較が重視された。
7.折口信夫との思想的差異
柳田と並ぶ存在が 折口信夫 である。
折口は国文学者でもあり、神道儀礼や古代歌謡を研究し、「まれびと」論を提唱した。彼は神の来訪という観念を通して、日本文化の深層構造を読み解こうとした。
柳田が生活史的・実証的であったのに対し、折口は象徴的・神話学的であった。
この二人の対比は、日本民俗学の思想的多様性を象徴している。
8.日本民俗学の理論的特徴
日本民俗学にはいくつかの顕著な特徴がある。
① 生活重視
衣食住、年中行事、通過儀礼など、日常生活の具体相を重視する。
② 伝承の連続性
古代から近世、近代へと続く文化の連続性を探る。
③ 全国的視野
地域研究を積み重ねながら、全体像を描く。
④ 実証主義
理論よりも資料を重視する姿勢。
これらはヨーロッパの理論志向とは対照的である。
9.戦後民俗学への継承と展開
戦後になると、民俗学は農村研究だけでなく、都市社会や新宗教、労働文化へと対象を広げる。
社会学や文化人類学との対話も進み、理論的洗練が進む。
また、民俗学は文化財保護政策とも結びつき、無形文化財制度の整備にも影響を与えた。
10.柳田民俗学への批判
柳田の学問は大きな影響力を持ったが、批判もある。
- 日本文化の統一性を強調しすぎた
- 国家主義的文脈との関係
- 女性や周縁的存在への視点の不足
これらの批判は、後の世代の研究を促す契機となった。
11.日本民俗学の国際的意義
日本民俗学は独自の発展を遂げたが、比較研究や構造分析の導入により国際的対話も進んだ。
ロシアの ウラジーミル・プロップ の物語構造論や、フランスの クロード・レヴィ=ストロース の構造主義理論は、日本でも大きな影響を与えた。
その結果、日本民俗学は実証と理論を統合する方向へ進んでいく。
12.まとめ ― 常民の視座の意義
柳田國男が提示した「常民」という概念は、歴史観を根底から問い直すものであった。
それは、政治史や英雄史観に対抗し、生活史を重視する視座である。この視座は現代の社会史、文化史、さらにはサブカルチャー研究にも通じる。
日本民俗学は、近代化の中で失われゆく文化を記録する営みから出発し、やがて日本人の精神史を描く学問へと発展した。
次回は、折口信夫の宗教民俗学と象徴理論を中心に、日本民俗学のもう一つの系譜を詳しく検討する。
