1.民俗学はどのように理論化されたか
前回は、民俗学が19世紀欧州のロマン主義とナショナリズムの中で誕生し、日本へと移植されていった過程を概観した。本稿では、その欧州民俗学がどのように理論化され、学問としての骨格を形成していったのかを詳しく見ていく。
欧州民俗学の発展は、大きく三つの理論的段階を経る。
- 比較民俗学
- 進化主義的民俗学
- 機能主義・構造主義への展開
これらは単純な直線的進化ではなく、相互に影響し合いながら形成された。民俗学は当初「民族精神の収集」から始まり、やがて「文化の比較」「文化の発達段階の解明」「文化の機能分析」へと展開していく。
2.比較民俗学 ― 共通性を探る学問
■ グリム兄弟と比較神話学
ドイツ・ロマン主義の中心に位置するのが、前回触れた ヤーコプ・グリム と ヴィルヘルム・グリム である。
彼らは『子どもと家庭のための昔話集(グリム童話)』を編纂したが、その目的は娯楽ではなかった。彼らは言語比較研究と神話研究を通じて、ゲルマン民族の精神的原型を探求していた。
比較という方法はここで確立される。
異なる地域の昔話や伝承を比較することで、共通するモチーフや物語構造を抽出し、民族間のつながりや起源を探るのである。
この方法は後の比較民俗学の基礎となった。
■ モチーフ研究と国際昔話分類
19世紀後半になると、昔話や伝承の国際比較が本格化する。フィンランド学派は物語の伝播経路を分析し、物語がどの地域からどのように広がったかを追跡した。
その成果の一つが「アールネ=トンプソン分類法」である。フィンランドの アンティ・アールネ と、米国の スティス・トンプソン によって整備されたこの分類体系は、昔話をタイプ番号で整理するもので、現在も改訂されながら用いられている。
比較民俗学の特徴は、「共通性の発見」と「伝播の追跡」にある。
3.進化主義的民俗学 ― 文化は進歩するのか
19世紀後半、ダーウィンの進化論の影響を受け、文化もまた段階的に発達すると考える学者が登場する。
■ エドワード・タイラーの文化概念
英国の人類学者 エドワード・バーネット・タイラー は、『原始文化』において文化を「知識・信仰・芸術・道徳・法律・慣習その他、人間が社会の一員として獲得した能力および習慣の複合体」と定義した。
彼は「アニミズム(精霊信仰)」を宗教の原初形態と位置づけ、呪術から宗教、そして科学へと進化するという図式を提示した。
この理論は民俗資料を豊富に引用しながら構築されたため、民俗学にも大きな影響を与えた。
■ フレイザーと呪術理論
さらに体系化したのが、スコットランドの ジェームズ・フレイザー である。
彼の『金枝篇』は、世界各地の神話・儀礼・王殺しの伝承を比較し、呪術から宗教への移行を論じた壮大な著作である。
フレイザーの理論は後に批判も受けるが、膨大な資料収集と比較の手法は、民俗学研究の方法論を飛躍的に発展させた。
進化主義の特徴は、「未開→文明」という単線的発展観にある。しかしこの図式は20世紀に入り批判される。
4.機能主義への転換 ― 社会の中の民俗
20世紀初頭、文化を進化の段階で説明することへの反省が起こる。文化は「遅れた形態」ではなく、社会の中で機能していると考える視点が登場する。
■ マリノフスキと機能主義
ポーランド出身の人類学者 ブロニスワフ・マリノフスキ は、トロブリアンド諸島でのフィールドワークを通じ、儀礼や神話は社会秩序を維持する機能を持つと主張した。
神話は単なる物語ではなく、社会的行為を正当化する装置である。
この視点は民俗学にも取り入れられ、祭礼や通過儀礼が社会統合に果たす役割が分析されるようになった。
■ デュルケーム学派の影響
社会学者 エミール・デュルケーム とその学派は、宗教を社会の集合的表象として分析した。
彼らは、儀礼は社会の連帯を強化する装置であると論じ、民俗儀礼研究に理論的基盤を与えた。
ここで民俗学は「民族精神の残存物」を探す学問から、「社会構造を理解する手がかり」を探る学問へと転換する。
5.構造主義の登場 ― 神話の深層へ
20世紀半ば、言語学の構造主義の影響を受け、神話や昔話を「構造」として分析する理論が登場する。
■ プロップの形態学
ロシアの ウラジーミル・プロップ は『昔話の形態学』で、物語を31の機能に分解し、物語構造の普遍性を明らかにした。
彼の分析は内容よりも形式に注目し、物語の背後にある構造を明らかにした点で画期的であった。
■ レヴィ=ストロースの神話分析
フランスの人類学者 クロード・レヴィ=ストロース は、神話を二項対立の構造として分析し、人間の思考様式の普遍性を探った。
構造主義は、民俗資料を単なる歴史的遺物ではなく、思考の構造を示すテクストとして再評価した。
6.欧州民俗学の特徴
欧州民俗学の展開を整理すると、以下の特徴が見えてくる。
- 国民国家形成との密接な関係
- 比較研究の重視
- 理論志向の強さ
- 進化主義から機能主義・構造主義への転換
欧州では民俗学はしばしば人類学と重なり合いながら発展した。そのため理論的枠組みの形成が早かった。
7.日本民俗学との対比
欧州が理論主導であったのに対し、日本民俗学は実証的資料収集を重視した。
日本では 柳田國男 が「一国民俗学」を唱え、国内の伝承を体系化しようとしたが、欧米のような進化理論や構造理論は比較的後から導入された。
この差異は、学問成立の社会的背景の違いを反映している。
8.理論の功罪
進化主義は植民地主義と結びつき、非西洋文化を「未開」と位置づける問題を抱えていた。
機能主義は社会の安定を強調しすぎる傾向があった。
構造主義は歴史的変化を軽視するという批判を受けた。
しかしこれらの理論は、民俗学を単なる資料収集から理論的学問へと発展させた功績を持つ。
次回は、日本民俗学の成立と柳田國男の学問構想を中心に取り上げる。
「常民」という概念はどのように生まれたのか。
日本民俗学はなぜ独自の道を歩んだのか。
欧州系理論との比較を踏まえながら、日本民俗学の思想的背景を詳しく検討していく。
欧州民俗学は、比較・進化・機能・構造という理論的展開を通じて、文化を理解する枠組みを形成した。その蓄積は今日の民俗学のみならず、文化研究全体の基盤となっている。
次回はその理論を受容しつつ展開した日本民俗学の核心へと進む。
