1.「物語」をどう読むか
これまで本連載では、日本民俗学の二本柱――柳田國男 の生活史的民俗学と、折口信夫 の宗教象徴的民俗学――を概観してきた。
第5回では、戦後以降に本格化した「物語研究」と構造主義の導入を中心に、日本民俗学がどのように理論的深化を遂げたのかを検討する。
民俗学は当初、伝承を「記録」する学問であった。しかし20世紀半ば以降、それらを「分析」する理論が整備される。物語は単なる昔話ではなく、人間の思考構造を示すテクストとして再評価されるのである。
2.昔話研究の国際的展開
■ 物語の「型」を探る
物語研究の転機となったのが、ロシアの ウラジーミル・プロップ による『昔話の形態学』(1928年)である。
プロップはロシア昔話を分析し、物語を構成する31の「機能」を抽出した。
重要なのは、「誰が行うか」ではなく「何が行われるか」に注目した点である。
例えば、
- 禁止
- 違反
- 試練
- 贈与
- 勝利
- 帰還
といった機能が一定の順序で並ぶことを示した。
この理論は、物語の内容よりも構造に着目するという画期的視点を提示した。
■ 国際昔話分類
フィンランド学派の研究を基礎に、昔話はタイプ番号で整理されるようになった。
アンティ・アールネ と スティス・トンプソン による分類体系は、世界各地の昔話を比較可能にした。
この体系は、日本の昔話研究にも導入される。
3.構造主義の衝撃
20世紀半ば、言語学の構造主義が人文科学に広がる。その中心にいたのが、フランスの クロード・レヴィ=ストロース である。
レヴィ=ストロースは神話を、対立する概念(自然/文化、生/死、男/女など)の組み合わせとして分析した。神話は歴史的事実ではなく、思考の構造を反映するものであると考えた。
この理論は、民俗学に強い影響を与えた。
4.日本民俗学への導入
日本では戦後、物語研究が本格化する。
柳田は昔話を重視していたが、主として分布や伝承過程に関心を持っていた。戦後世代はそこに構造分析を導入する。
物語を「型」として捉える視点は、日本の昔話研究を国際的議論へ接続させた。
例えば「桃太郎」や「浦島太郎」は、日本固有の物語であると同時に、世界的なモチーフと共通性を持つことが明らかになった。
5.物語と深層心理
物語研究は心理学とも接続する。
スイスの心理学者 カール・グスタフ・ユング は集合的無意識と元型理論を提唱した。英雄、母、影などの元型は、神話や昔話に繰り返し現れる。
この視点は、物語を普遍的心理構造の表現と見る可能性を示した。
日本でも、昔話を深層心理や象徴体系として解釈する研究が進む。
6.物語研究の意義
物語研究がもたらした転換は三つある。
① 資料から理論へ
昔話は単なる収集対象から、理論的分析対象へと変わった。
② 国際比較の可能性
世界の物語を共通構造で比較できるようになった。
③ 思考構造の解明
物語を通じて、人間の認知様式や社会構造を読み解く視点が生まれた。
7.批判と限界
構造主義は普遍構造を重視するあまり、歴史的変化や社会的文脈を軽視するという批判を受けた。
また、物語を抽象化しすぎると、地域固有の意味が見えにくくなる。
そのため近年は、構造分析と歴史的文脈分析を統合する研究が主流となっている。
8.物語とメディア
物語は口承だけでなく、文学、映画、アニメ、ゲームへと展開している。
現代のヒーロー物語や異世界転生物語にも、プロップ的構造や元型が見られる。
つまり、民俗学的物語研究は、ポップカルチャー分析にも応用可能である。
9.物語研究と日本文化論
折口の象徴解釈と構造主義は共鳴する部分があるが、アプローチは異なる。
折口は古典精読を通じて日本文化の宗教的構造を読み解いた。
構造主義は理論的枠組みを用いて普遍構造を抽出した。
この二つの方法は、日本民俗学を理論的に豊かにした。
10.物語研究の現代的展開
近年では、ジェンダー視点やポストコロニアル理論も導入されている。
昔話に描かれる女性像や異民族像が再検討され、物語の権力構造が分析される。
物語は社会規範を再生産する装置であると同時に、それを批判する可能性も持つ。
11.民俗学の理論的成熟
物語研究と構造主義の導入により、日本民俗学は理論的成熟を遂げた。
それは単なる「失われゆく伝統の保存」ではなく、「文化の意味構造の解明」へと進化したことを意味する。
12.まとめ ― 民俗学の理論的転回
物語研究は民俗学を質的に変化させた。
- ウラジーミル・プロップ の形態学
- クロード・レヴィ=ストロース の構造主義
- カール・グスタフ・ユング の元型理論
これらの理論は、日本民俗学を国際的議論へ接続し、思考構造の分析という新しい視野を開いた。
次回は、戦後民俗学と都市民俗の展開を中心に、民俗学が農村研究から都市文化研究へと拡張していく過程を検討する。
