全8回にわたって展開してきた本連載も、いよいよ最終回を迎える。本稿では、これまで扱ってきた理論・学派・記念碑的研究を踏まえながら、現代社会における民俗学の位置づけと、今後の展望について考察する。
20世紀初頭に制度化された民俗学は、農村社会や「伝統文化」を主たる対象としてきた。しかし21世紀に入り、グローバル化、都市化、少子高齢化、デジタル化が進行するなかで、「民俗」とは何かという問いそのものが再定義を迫られている。本稿では、学問間の関連性を再整理しつつ、現代的課題に応答する民俗学の姿を描き出したい。
1 「伝統の終焉」から「伝統の再発見」へ
かつて高度経済成長期の日本では、民俗学は「失われゆく伝統の記録学」と見なされることがあった。だが、1970年代以降、状況は変化する。
たとえば、エリック・ホブズボームは『創られた伝統』において、伝統が近代社会のなかで新たに構築されることを示した。これは、民俗を「過去の遺物」とする見方を根底から揺さぶるものであった。
日本においても、宮本常一の仕事は重要である。彼は『忘れられた日本人』において、周縁に生きる人々の生活世界を描き出し、「名もなき民」の主体性を強調した。これは、民俗学が単なる過去の収集ではなく、現在を生きる人々の経験に寄り添う学問であることを示している。
2 都市民俗学の展開
都市化が進むなかで、民俗学は農村から都市へと視野を広げた。都市祭礼、商店街文化、サブカルチャー、若者文化などが研究対象となる。
たとえば、桜井徳太郎や赤松啓介らは、都市祭礼や流行文化に注目した。
都市民俗学は、社会学や文化人類学、都市研究との接点を強く持つ。都市空間における儀礼や記憶の形成は、歴史学や地理学とも交差する。ここでは、民俗学は他分野との学際的対話のなかで再編されている。
3 無形文化遺産と民俗学
2003年のユネスコ無形文化遺産条約は、民俗学に新たな課題を提示した。日本でも多くの祭礼や芸能が登録されている。
この枠組みは、文化を保護する一方で、「誰が文化を代表するのか」「文化を固定化しないか」といった問題を提起する。民俗学者は、文化の保存と変化の両面を見据えながら、実践的な関与を求められている。
ここで再び重要になるのが、柳田國男以来の「民俗とは何か」という問いである。文化を記録するだけでなく、地域社会と協働する姿勢が求められている。
4 デジタル民俗学の可能性
インターネットやSNSの普及により、「デジタル民俗」とも呼ぶべき現象が生まれている。ネットミーム、都市伝説、オンライン儀礼、バーチャルコミュニティなどが新たな研究対象となる。
アメリカでは、アラン・ダンダスの理論を基盤に、デジタル・フォークロア研究が進展している。フォークロアは口承に限らず、テキストや画像、動画として拡散する。
日本においても、怪談のネット拡散や匿名掲示板文化は、現代的フォークロアとして分析されつつある。
ここで重要なのは、「民俗は場所に根差す」という従来の前提が揺らいでいる点である。デジタル空間は、新しい「共同体」を形成している。
5 災害と民俗知
日本は災害大国である。東日本大震災以降、災害伝承や地域の記憶が再評価されている。
たとえば、「津波てんでんこ」という言葉は、地域に伝わる生存知の象徴である。民俗学は、こうしたローカルな知識を掘り起こし、現代社会に接続する役割を担う。
災害民俗学は、防災学や環境学、社会学と連携しながら発展している。ここでは、民俗学は実践的学問として社会に貢献する。
6 グローバル化と比較民俗学
移民や国際交流の拡大により、日本社会も多文化化している。異文化の祭礼や宗教儀礼が都市空間に共存する。
比較民俗学の視点は、19世紀以来の系譜を持つが、今日では植民地主義批判やポストコロニアル理論の影響を受けて再構築されている。
文化は固定的なものではなく、交差し、混淆する。民俗学は、その動態を描き出す必要がある。
7 民俗学の倫理と実践
現代の民俗学は、研究倫理の問題とも向き合う。インフォームド・コンセント、個人情報保護、文化の商業利用などが課題となる。
かつては「記録する側」と「記録される側」が明確に分かれていた。しかし現在は、地域住民自身が発信者となり、研究者と対等な関係を築くことが求められている。
参加型研究や協働的エスノグラフィは、民俗学の新たな方法論である。
8 民俗学の未来
民俗学は、もはや「過去の学問」ではない。それは、社会の変化を読み解くレンズであり、地域の記憶をつなぐ媒介であり、人々の生を理解する方法である。
本連載で扱ったように、民俗学は歴史学、人類学、社会学、宗教学、文学研究など多くの分野と交差してきた。主要な学者や学派は、それぞれの時代背景のなかで理論を築いてきた。
しかし最も重要なのは、「民俗とは何か」という問いが常に更新され続けることである。
結語 ― 民俗学は何のためにあるのか
柳田國男は、日本人の心性を明らかにしようとした。折口信夫は、芸能と信仰の深層を探った。マルセル・モースは、贈与という行為の社会的意味を示した。
彼らの営為は、いずれも人間の営みを理解しようとする試みであった。
現代社会は、急速な変化のなかで「つながり」や「記憶」を失いつつあると言われる。しかし民俗学は、それらを再発見し、再解釈する学問である。
民俗学とは、人間がいかに生き、いかに意味を紡いできたのかを問う学問である。
そしてその問いは、これからも続いていく。
連載総括
第1回から第8回まで、本連載では以下の視点を横断してきた。
- 民俗学の成立史
- 主要学派と理論
- 記念碑的研究の検討
- 学問間の関連性
- 現代社会への応用
民俗学は決して閉じた学問ではない。それは、常に社会と対話しながら変化する、動的な知の体系である。
本連載が、読者にとって民俗学への入口となり、新たな探究の契機となることを願っている。
